翻訳記事「なぜ私は、今朝『ノー』と言った、自閉症を抱える子を誇らしく思うのか」
元記事:
Why I'm Proud My Autistic Son Said‘No’ Today By Emma Dalmayne, Mar 05, 2016
私は、今朝『ノー』と言った息子のことをとても誇らしく思う。
息子は今日は地域のボーイスカウトと一緒に出かける予定だった。その子たちと一緒に出かけるのは初めてのことで、息子もとても興奮すると同時に、不安も抱えていた。
他の子たちはどんな話をするんだろう?
ちゃんと楽しめるかな?
行く途中、手を繋いでいってくれるだろうか?
退屈しないかな?
昨日はとても落ち着かずそわそわしていたけれどぐっとこらえている様子で、今朝起きてからも、行きたいのか、行きたくないのか、踏ん切りがつかないようだった。
一緒に朝ごはんを食べ、着替えている間も、この子の気持ちは行ったり来たりしているようだったので、どう言うふうに決めてもいいし、新しいことに挑戦しようとしていることを誇らしく思う、と伝えていた。
いよいよあとは上着と帽子というところになって、そわそわが頂点に達した時、この子ははっきりと「ノー。僕は行かない。」と宣言した。
それが、私がこの子のことを誇らしく思うことなんだ!
それから、行くことに気がのらないことを言えることがなぜ大事なのか、気がのらない行った結果のパニックを静かに内に抱えてしまうことのほうがどれほど大変か、ということを一緒に話した。
子どもにとって、そうした選択肢を持てること、何かをするかしないかを選べることはとても大きな意味がある。そうすることで独立心や思考の自由、好み、そしてたくましい性格をを引き出していくことができる。それは他の人を怒らせてしまうかどうかということじゃない。自分のことを自分でできるだけの強さを身につけていくことなんだ。
行かなかったことでがっかりしなかったかって?
ノー。そんなことはない。
じゃあ私ががっかりしていたとしたら?
ノー。関係ない。
だってそれは私のことじゃないから。それはこの子がどう感じるかということ。
この記事をここまで書いたところで息子に読んで聞かせたら、「まだ僕のことを誇らしく思うの?」と聞いてきた。
「もちろん。なにかが自分にとって良くないと認めたり、ただ流されるままにならないのは強い人にしかできないこと。だって、何も言わないほうが『簡単』なんだから」と答えた。
これまでにFacebookで何度も何度もこうした悲痛な書き込みを見てきた。
1.うちの子はどうして学校に行かないの?
2.どうしてこの服をきてくれないの?
3.どうしてこんなに食べ物の好き嫌いがあるの?
私の答えは、こう。
1.学校で何かがうまくいってなくて、そのことをどう言えばいいのかわからないのかもしれない。学校がどれぐらい万端の配慮が整えられた「完全にインクルーシブ」なところだったとしても、それでもその子にとってはなにかがうまくいってないのかもしれない。うるさすぎるのかもしれないし、人がおおすぎるのかもしれないし、ただ、合ってないのかもしれない。
2.感覚の問題かもしれない。生地のせいで暑なりすぎて不快なにかも知れないし、もしかすると苦痛なほどかもしれない。子どもと一緒に服を選んでみたらどうかな?手で触って感触を確かめながら、ウール、コットン、コーデュロイ、どれが好きかな?って。もしそうすることで、ときどき変わった格好ででかけることになったとしても、それってそんなにいけないこと?子どもでいられるのは今だけ。その個性を讃え、後押ししてあげればいい。
3.食べ物が口の中でつっかえる感じがしたり、喉の反射を引き起こしてるのかもしれない。あなたなら、ムカムカするような味がして、本当にムカムカするものを食べたい?私はイヤ。主治医の先生に、ビタミン剤なんかで替えてもいいか聞いてみるのも一つ。食生活のバランスのために、フルーツスムージーを取り入れてみるのもいいかもしれない。
こうしたことは、ぶつぶつ文句をいう子どもにどうしたらいいかという問題じゃない。どうやって子どもがハッピーになり、自己肯定感を身につけ、そうすることでときどき気持ちを切り替えられるようになっていくかという問題なんだ。
じゃあ、もし子どもがでかけている間に友達とお茶をする約束をしていたとしたら?
その友達を家に読んで、いっしょに体を使って遊んで、リラックスする時間に変えられたら!