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Uniquely Humanを読む

(主に過去のTwitter連投より)

SCERTSモデルという自閉症を抱える子どもへの療育的アプローチのことが話題になっていたので、その提唱者のDr. Barry M. Prizantのこんな本を昨年読みました。

Uniquely Human: A Different Way of Seeing Autism

Uniquely Human: A Different Way of Seeing Autism


以下、簡単にご紹介。まずは目次から。(以下、引用部等は私訳です)

導入 自閉症の別の見方
第1部 自閉症を理解する

  • 「なぜ?」と聞くこと
  • 耳を傾けること
  • 熱中
  • 信頼、恐怖、コントロール
  • 情動的な記憶
  • 人間関係の理解

第2部 自閉症と生きること

  • 「つかむ」ために必要なこと(支援者の資質)
  • 集いの智慧(親の会のこと)
  • 真の専門家(当事者に学ぶこと)
  • 長期的予後(4人の事例)
  • 魂を鼓舞すること(まとめ)
  • みんなの質問(Q&A)

著者のDr. Prizantはこの道40年のSpeech-Language Pathologistということで、日本で言うと言語聴覚士にあたるのかな。titleもPh.Dだし。ただし、アメリカなのでMedical DoctorじゃなくてもAutismですと診断できるのは日本と違うところ。
個別契約で定期指導をするセラピストというよりは、診断を受けた後の相談や教区(教育委員会が就学前の特別支援にも携わる)のコンサルテーションの仕事が多い先生のようで、直接的・間接的に関わった膨大な子どもの事例がポンポン登場します。

具体的な療育の方法を書いた本というよりは、「人間としての自閉症者」について書いた本という印象です。

自閉症は疾病ではありません。人間である、別のあり方なのです。自閉症を抱える子どもは病気ではないのです。彼らは病気ではなく、私たちと同じように発達段階を踏んでいくのです。彼らを支援するにあたって、彼らを変えたり治したりする必要はありません。私たちのすべきことは彼らを理解し、私たちの関わり方を変えることなのです

というふうに。



この本の一貫したテーマとして、「自閉症に特有の行動をなくすこと」よりも、「なぜそうした行動をするのかを理解しようとすること」の大切さを書いています。そして、そうした行動を見ると、どれも自閉症に特有ということはなく、適応しようとするための人間の自然な行動なのだと。
子どもたちを圧倒する世界、恐ろしい世界の中で生き延びようとするために、自らの情動を保とうとするために、その子たちは常同行動に没頭したり、特定の物事に興味関心を限局させたり、一定の規則性やルールにこだわるということ。
大人が子どもを変えようとして、子どもが聞かなくてもそれは反抗などではないこと。

自閉症の診断の元となる問題行動のチェックリストとして子どもを見るのではなくて、その子どもがどうやって世界を見て、自分自身を保ち、何を求めようとしているかを見ていかなくちゃいけない。
その根底に、神経的・生理学的なアンバランスさや困難さがあるけれど、その子自身は適応しようとしてる。
なので、ただ単に、適応するための手段としての問題行動を消去するのではなくて、より適切な別の、落ち着く手段を教えていきましょうと。
一見意味をなさないような発語や遅延エコラリアであっても、その子どもなりに意図を持って表現している、コミュニケーションを取ろうとしているものであったりする。



そうしたその子ならではの表現の仕方は簡単に読み解けるものとは限らないけれど、どんな専門家よりも親のほうが詳しいことも珍しくない。
ただでさえ見通しのつかなさなど、いろいろな苦手さのためにとても強い不安に耐えずさらされている子どもとすごす上で、どうやって信頼関係を築いていくかはすごく大切なこと。そのためには、その子自身が自分で自分のことを決められることをちゃんと保証していくことが大事。

これを裏返すと、世界や人との信頼感を培っていくことができれば、不安感を和らげるための様々な常同行動、こだわりを少しずつ弱めていくことができるはず、と。

情動的な記憶のフラッシュバック特性のために、一度マイナスのイメージを抱いてしまうとなかなか簡単にはいかないことが、信頼感を培う上で妨げとなる。
それでも少しずつ、プラスのイメージで、楽しかった記憶で上書きしていくことで、成長を引き出すことができる。だからこそ、療育は楽しく。

こうした様々なことを踏まえた上で、社会性の面での困難さは根深いもので、適切な理解がないと教えていくことも難しい。一般的なルールを矯正的に教えるよりも、つきあいかたをおさえるぐらいのほうが良いことも。また、表情認識を教えることは、感情表現をできるようになることとは別なことにも注意。

第2部ではアメリカの療育・特別支援教育事情がよく描かれていました。進んでるといわれるアメリカでも、柔軟性のない専門職、先生、校長先生はたくさんいると。(だからこの本を書いたんだろうけど)
その中で、どうやって子育てをしていくか、これについてもたくさん書いてありました。



なにかすごく特別な、新しい見方を紹介している本では、ありません。たぶん。
ある程度、自閉症児の療育に携わっている専門職や親御さんなら、「うん、知ってた」というようなことばかりかもしれません。

でも、図解の一つも使わずに、文章の組み立てと、イメージしやすい子どもや大人の実例を元に、大事なことを、一貫した視点で整理して綴った本はなかなかないなと感じました。
あたりまえのことを、あたりまえのこととして伝えるために、一貫した理屈の整理が必要で、そこをちゃんとしていくことで、ただの技法ではなく、療育の哲学になる。
実際、私は昨夏に読んで以来、考え方の背骨の一つになったように思います。
そして、様々な療育技法の全てに通底する考え方にもなるので、こうした大きく見る見方を持つことで、いろいろな子に合わせたアプローチを柔軟に考えていくことができるようになるもの。



アメリカのGoogleでDr. Prizantが行った講演録もありました。PCなら自動認識されたとおぼしき英語字幕も出せます。

Barry Prizant: "Uniquely Human" | Talks at Google

基本的には本の内容ベースでの40分ぐらいのお話なんだけど、自閉症特性=世界や人に対して感度が低い、のではなく、むしろ過敏なのだ、というところの強調と、自閉症特性があっても人と親しもうとする心を持っているというところを強調していたので、まとまりが良く感じました。

あ、あと、何度もなんども強調してたのが、「消去すべき自閉的行動」というものはなく、「珍しい形とはいえ、どれもこれも(発達段階の違いや強度の違いこそあれど)定型発達の子どもや大人に見られる、自分自身をいい状態に保つための人間的行動ですよ」ってところか。

そして、「自閉症であることは悲劇なのか?」ということに対して、「多数とはいえないけれど、自閉症の子どもを素晴らしい存在として誇らしく思っている親や当事者がいる」と断言。
そうした人間としての自閉症のあり方をよくわかるようになれば、自然と「親切」になれる、という表現もあったかな。

後半の質疑応答のところでは、「どんな権利擁護運動をしてけばいいですか?」とか、「ABAばかりが幅をきかせてるけどどうしたものでしょう?」とか、「うちの子も自閉症だけど個別支援計画会議がイヤなんですよね!」もか、各位がはっちゃけてておもしろかったです。

自閉症の脱病理化、ということで例にあげてた、「自閉症の診断がついてる子がしょっちゅう自分の髪をいじっていたら、それは自閉症的行動として目の敵にされるだろうけど、私達だって、考え事をするときに頭を掻いたりヒゲをなでたりするじゃあないですか」というのはしっくり来やすい例かな。