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dicelogue

@dicegeistのlog

翻訳記事「自閉症を克服した子供たち」 (その7・完)

元記事:The Kids Who Beat Autism By RUTH PADAWER, JULY 31, 2014

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多くの親にとって、自閉症についての新しい研究をじっくりと調べて、そこに隠れた手がかりや自閉症をなかったことにするための公式がないかを探そうとすることは気持ちを惹かれることです。しかし自閉症の成長経過については未だに多くの謎が残っており、研究者たちは一つ一つの研究の中身に飛びつくのではなく、様々な研究成果全体の中の一つとして俯瞰することを勧めています。キャサリン・ロードはこう語ります。「自閉症ではなくなっていった子どもたちの話を聞き、『うちの子もそういう子たちと同じようになって欲しいんです』という2歳児の親たちに、これまで大勢会ってきました。」彼女は症状がなくなっていく子どもは全体の一部に過ぎないことを改めて伝え、完全な回復以外は受け入れられるものではないと考える代わりに、まずはその子が持っている力を十分に発揮できるよう促していくことに狙いを据える方がいいと助言するそうです。「『完全になること』で頭がいっぱいになってしまうと、そのことで子どもをひどく傷つけてしまうことがあります。定型発達の子どもはそうした親からのプレッシャーをはねのけることができるのに対し、自閉症の子どもにとってはそれをはねのけるのが難しいことがあります。希望を抱くことは結構でしょう。いや、希望を抱くのはよいことです。でもその希望にすがりすぎてしまい、目の前の子どもが見えなくなってしまわないように。」

自閉症を抱えた子ども、あるいは自閉症ではなくなった子どもを育てるための最善の方法を工夫することは、どうしたって込み入った問題です。冒頭で紹介したLさんと夫にとっては、Bくんがめざましい成長を遂げた後に引っ越しを決意すると言うことがその工夫の一つでした。幼稚園を卒園した後に、一家は新しい学区へと引っ越しました。「新しい学校の先生たちにも話さなかったんです」と彼女は語っています。それだけでなく、彼女たちはBくん自身にさえ、12,3歳になるまで自閉症のことを話さなかったのです。そのことを伝えたとき、彼は雷に打たれたようでした。押し黙って、おののき、「どうしてこれまで話してくれなかったの?」と聞いたのでした。Lさんが「これまでは聞く準備ができていないと思ってたのよ」と告げると、「今だって聞く準備ができてるなんで思えないんだけど」と答えたのでした。

Bくんは今や20代前半で、最近とある有名大学を卒業しました。ADHD症状や時折強まる社会不安を抱えてはいるものの、良い成績を修め、留学もして、いい友人たちと彼女もいるとLさんは語ります。彼は人々の人生を変える力を持っている学問だと考え、心理学を専攻しました。

Bくんの過去は、近しい友人たちにも未だに明かさない、彼と一家の秘密です。Lさんは、Bくんがかつて自閉症だったということが知られてしまうと周りの人に不安を抱かせてしまうんじゃないか、それとも彼の過去のことを大げさに誇張しているだけだと思われてしまうんじゃないかと心配しています。Lさんたちは、Bくんを怒らせてしまうかもしれないから、ということで彼の前で自閉症のことについて触れないでいるそうです。この理由で、Lさんは筆者のインタビューに応じてくれるかBくんに聞くことを拒み、私が直接聞くこともしないようにと言ったのでした。それでも、Bくん自身が時々両親に向けて自閉症のことを話題に挙げることがあるそうです。大体は、自閉症だったときの自分はどんな風だったかを聞くのですが、最近母親のLさんにこれまでとは違う質問をしました。「ママにとって恐ろしいことだった?」と。Lさんは彼を怒らせてしまうことなく、それでも正直に答えるにはどう言えばいいか口ごもったそうです。「どうなっちゃうか、とってもとっても怖かったわ。でもそれはあっという間に過ぎていったの。私たちがどうやって教えればいいかがわかってからは、あなたがどんどんすごく成長していったから、って彼には答えたわ。あと彼のように成長する子どもはごく一部で、彼はその幸運な子たちの一人なんだと言うことはなんどもなんども話してきたわ。」

24歳になるマシューくん、ジャッキーさんの息子は、まだ両親と会話をすることはできません。会話をすること自体、ほとんどできないでいます。今は馬牧場の近くのグループホームで暮らし、そこのスタッフは彼が発する音を大体どんな気持ちか解釈することができます。また、だいぶ前から自分にとって大事なものを文字で綴ることを身につけているため、時には両親が彼に渡しているiPod Touch(訳注:iPhoneみたいなものです)で手がかりを打つこともあります。とはいえ、ほとんどの時間を彼は自分の中の世界に浸って過ごしているようです。そのグループホームでの日課、例えば馬のブラッシングのような雑用をすることは、数秒やってふらふらと離れていくだけではあるものの、彼の安定につながっているようです。毎日彼はヘルパーさんに連れられて室内プールに行き、キー!と甲高い喜びの声を上げてすごします。夕方にディズニーのビデオを見ながらむにゃむにゃと口ずさむのが一番幸せな時間です。マシューくんがはっきりと発音できる言葉は、「ママ」と「パパ」の二つです。

両親はだいたい毎週末に会いに来ます。そうした時に、マシューくんは時々もぞもぞと落ち着かなくなり、それは何かをほしがっているサインのことが多いのです。「見せて」とジャッキーさんがスマートフォンを渡すと、マシューくんは文字を打ち込みます。最近のものを見せてもらいました。「お昼食べます。チキンナゲット。ポテト。ケチャップ。ブラウニー。アイスクリーム。クッキー。」とか、「ピーターパン。ビデオ見ます」というようなものでした。お母さんとコミュニケーションを取るために、自分からスマートフォンを要求したり、指さしたり、手を伸ばしたり、文字を打ち込む身振りをしたりと言うことをすることはないそうです。20年以上かけて教えようとがんばってきたものの、そうした指さしや身振りが自分の要求を表現する手段になるということはまだわからないようです。(訳注:大人がスマホを渡せば文字を入れるけれど、自分からそのスマホを要求することが難しい。前の段でiPod Touchに文字を打つことがある、というのもヘルパーさんに渡されて入力している?)

マシューくんが自閉症から回復しないということは、いまやもうジャッキーさんを苦しめることはありません。こう語ってくれました。「あるときに気づいたんです。もう普通になるってことはないんだって。この子には、この子の普通があるんです。そしてマシューの自閉症が敵ではないこともわかりました。自閉症はマシューそのものなんです。ぶっちゃけて言うと、この子は同い年の定型発達をしてる子の多くよりも幸せだと思います。そして私たちもこの子からたくさんの幸せをもらっています。こんなにとってもかわいいんですもの。何度も何度もずっとキスしてくれるんですよ。こうしたこと全部が、私にとっては勝ちなんです」