読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

dicelogue

@dicegeistのlog

まだ自閉症・発達障害についてあまり知らない人にお願いしたい、たった1つのこと (世界自閉症啓発デーコラボ企画)

なないおさんの呼びかけで、今年も大勢の方が記事を書かれていますね。
今年のコラボ企画のテーマは「嬉しかった(お願いしたい)配慮とありがとうの気持ち」ということですが、
皆さんいろんなことを書いていることと思いますので、
私からは、「お願いしたい配慮」を1つだけ。

「最初に思いつくアドバイスを一旦棚に上げて、その次に考えてでてくるアイディアを教えてほしい」

これだけです。

アドバイスをするのは楽しい

私は、心理士として発達相談をする中で、家族内・親族内でのコミュニケーションの大変さということをとてもよく聞いてきました。

多くの人間は、なにか困った状況・問題となる状況があると、原因究明・対処方法のアドバイスをしたくてたまらなくなるようです。「○○したらいい」「○○しないのがいけない」などなどなど。

「子どもの言葉が遅れている」→『もっと愛情をかけてあげないと』
「子どもが飛び出して行っちゃう」→『しっかりちゃんと手を握ってれば大丈夫なのにスマホなんか見て子どもをほったらかしにしてるから』
「何度教えても子どもが忘れ物を繰り返す」→『甘やかしすぎて本人が自分で真剣に考えてないから』
「子どもの落ち着きがない」→『予防接種のせい。でもこの素晴らしいサプリを飲めば大丈夫』

こういうことが全国各地の家庭・親戚間・インターネット上で日々刻々と、延々と、繰り返され続けているようです。
でも、こうした時に本当に何かを「考えて」アドバイスをしている人は、ものすごく少ないのではないでしょうか。

考えることは難しい

人間は、普段、何かを考えることはあまりありません。
考えているようでいて実は、それまでに形作られた頭のなかの電気回路をピリピリっと通して半自動的に結果・答えを出しているようなものです。
電卓に「1+1」と入れて、そのあと「=」をポンと押したら「2」と表示されるように、何かを考える間もなく、「感じ」や「考え」がそこにでています。

この考え方の電気回路は、成長していく中で、少しずつ発達していきます。
生まれたばかりの子どもは「感覚」に基づいた回路があり、
物心がつくと「言葉」という回路のまとまりができ、
集団生活を始めるころに「常識」という回路が枠として作られて、
思春期(あるいは中学2年ぐらい)にはありきたりな常識を少し崩して反発する回路ができ、
高校生から30代ぐらいにかけて「自分が見つけた世の中の真実」という回路を持つようになります。

例えば、身近にいる少し変わった所のある人を見て、
「『しょうがいしゃ』ってなに?」と言うところから、
「『障がい』のある人には優しくしないといけないんだ!」となって、
「『障害』があるからって優しくしないといけないってヘンじゃねぇの?」となって、
そこから「『障害』を障害のままにしておくこと業界の利権が云々」となっていくように。

いずれの段階でも「前の段階の自分」と比べて「自分は物事を考えられるようになってる!」と感じがちですが、その実際は脊髄反射のように思考回路に情報を入れ、電卓を叩くと答えが出てくるように、ポンと「考えたようなこと」が出てきているだけです。

これは人間の脳の性質なので、別に誰が悪いわけでも、努力不足とかっていうことでもありません。
ただ、「考える」という時には、その全自動回路の一歩先に行ってみたいところです。

自閉症発達障害についてわかっていること/わかっていないこと

自閉症発達障害については、まだわかっていないことが山ほどあります。
でも、ちょっとずつわかってきたことも、それなりにあります。

ちょっとずつわかってきたことについて、挙げていくとキリがないので2つだけ。

自閉症は親の愛情不足のために起きるものではないようです。
60年ぐらい前には「冷蔵庫のように冷たい親のせいで自閉症になる」と考えられていましたが、その後、様々な人が研究をしていく中で、ほとんど否定されています。
また、自閉症はワクチンのせいで発症するということについても論文自体が撤回されました。


では「まだわかっていないこと」は?
ほとんどの場合、「目の前のこの子・この人が抱えている大変な状況を改善・解決するためにはどうしたらいいか?」は、まだわかっていません。
比較的成功率が高そう、効果が高そうなやり方はいろいろと考えられてきていますが、「この子・この人」に効くかどうかはこれから確かめていくことです。

そして、「この子・この人」がこれまでに試してきたことは、(少なくとも今の時点では)あまり効き目がないことがわかっていることです。

自閉症発達障害に「詳しい」人の盲点

私は心理士として、大勢の子ども・大人とお会いしてきて、一応は「自閉症発達障害の専門家」と自称できるぐらいかとも思いますが、私も人間なので、いとも簡単に全自動思考回路に振り回されてしまいかねません。
そして、私がこれまでに見聞き経験してきたさまざまな限りある情報によって立ってしか、考えることができません。

ましてや、「素人」である親御さんならば、どれだけ子どものことで自閉症発達障害について勉強してきたとしても、やはり枠にとらわれた考え方になってしまうのも無理からぬことでしょう。

だからこそ、まだ自閉症発達障害についてあまり知らない人にお願いしたいこと

いろいろな専門書・専門的知見の積み重ねにまだとらわれていない方たちの視点・考えで、自閉症発達障害について考える枠をもっともっと広げていくために、手を、力を貸していただけたらと願うのです。
私達が血の滲むような思いで考え方を半歩先に進めていくよりも、違う立脚点に立つ方の一声があると、どれほど世界が開けることでしょう。

そのための、たった1つのお願いが、あなたの思考回路が自動的に出す最初の答え「以外」を考えてみてほしいということです。

「子どもの落ち着きがなくて勝手に飛び出してっちゃって困る?そんなの手をちゃんと繋いどけばいいじゃないの…」
という思考回路を一回ストップして、
「もし、手をちゃんと繋いでてもそれでも飛び出しちゃうような状況なら、それならどうしたらいいんだろう?」
と考えて、考えついたことを元に対話ができればどれほど良いことでしょう。

飛び出し防止のためのハーネスは見栄えが悪い?なら見た目を可愛くしたらどうだろう?
ハーネスの世間でのイメージが悪い?なら世間でのイメージ改善のためにできることはないか?
駅のホームから落ちちゃう子がいるなら、ホームドアを普及させればいいかも?
電子技術でカバーできる?デジタル迷子ひもとか?それだと離れることを物理的に阻止できない?では逆に、子どもが飛び出してきたらあたりの自動車が強制的に停車するシステムは作れるか?

適当に思いつくものが、一人でもあれこれあるかもしれません。
これを大勢でどんどん思いついていけば、もっともっと良いアイディアが見つかることと、私は信じています。



自閉症発達障害についてちょっと詳しい人にお願いしたいこと

これまでにいろいろなことを調べたり勉強してきたりしてきた方たちだからこそ、そうした見方・考え方から外れるようなことが目につくかもしれません。
そこで思い出して欲しいのは、自閉症発達障害を抱える人の見方・考え方が、世間一般の主流から外れたものであるというだけで排除されることがどれほど窮屈だったことかということです。

確かに、考えなしの、様々な知見をまるっきり無視するような暴論を認めることはできません。
でも、窮屈な内輪のまとまりで閉じてしまわないようにするために、「考えなしのアドバイス」を棚上げにしたあとの、別の角度からの新鮮な見方・考え方をどんどんと取り込んでいけるように、枠を広げていきませんか?

この自閉症啓発デーが、内輪だけのお祭りで終わらないようにするために。

自戒を込めて。

※締め切りに遅刻しました…深く反省しております…※