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dicelogue

@dicegeistのlog

翻訳記事「自閉症を克服した子供たち」 (その4)

翻訳記事

元記事:The Kids Who Beat Autism By RUTH PADAWER, JULY 31, 2014

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かつて自閉症を抱えていたが今やそうではない人々の脳に一体何が起きたのか、それを確かめられた人はいません。例えば、そうした人々の脳は元々自閉症の子どもの脳とは違っていたのか、それとも脳は元々同じようなものだったけれど治療のために変化したのか。しかし、自閉症の子どもを対象としたジェラルディン・ドーソンによる近年の研究では、自閉症者の脳がいかに変化しうるものかが明らかにされています。先行研究の中では、自閉症の子どもは女性のカラー写真を見たときよりも、おもちゃのカラー写真を見たときの方が脳の活動量が増すことがつきとめられています。その写真が子どもの母親のものであったとしても、この結果は同様なのです。定型発達の子どもはこの反対の状態を示し、言語や人付き合いに関する脳の領野が自閉症児と比べてよりよく発達します。

ドーソンは、自閉症児が声やジェスチャー、表情などに注意を向けるようにし向けていくと、脳の発達も変化してくるのかどうかを疑問に思い、調べました。彼女は治験結果を元に2012年に論文を発表しています。その中では、自閉症の幼児を二つのグループにランダムに振り分け、成長経過を追いました。一方のグループに対しては社会性の向上を目指した週に25時間の行動療法を実施し、もう一方の比較対照グループについては居住地で受けられる一般的な療育(行動療法的なものも、そうでないものも含む)のみとしています。2年後に行った脳波検査の結果では、比較対照グループ(一般的な短時間の療育のみをうけたグループ)ではおもちゃなどの画像刺激により強い脳活動の反応が見られたのに対し、社会性強化グループ(週に25時間の行動療法を行ったグループ)では定型発達児と似た(人の顔の画像に対してより強い)脳活動の反応が見られたというのです。この結果からすると、彼らの脳は、まさしく、変化したと言えるように思われます。その子どもたちは自閉症のままではあるものの、IQが向上し、言語・社会性・日常生活スキルの面で改善が見られました。これに対して、比較対照グループの子どもたちの成長は目立って少ないものでした。

この実験結果が、自閉症ではなくなった人々のケースとどう関係しているかは定かではありません。多くの研究で、早期の集中的行動療法が自閉症の症状を著しく緩和することが示されているものの、そうした療育を受けている子どものほとんどは、成長のほどにもかかわらず自閉症のままなのです。そしてその一方では、そうした療育をうけていないにもかかわらず、自閉症ではなくなる子どもがいるのです。前述のロードの研究では、自閉症ではなくなった8人の子どものうち、集中的な行動療法を受けていた子どもはわずか2名だけでした。というのは、研究が行われた当時のその地域では、そうした行動療法をメインとした療育は簡単には受けられないものだったためです。

また、前述のフェインの研究では、自閉症ではなくなった子どもが行動療法を受けていた割合は、自閉症のままであった子どもが行動療法を受けていた割合のおよそ2倍でした。そうした子どもは、より早い時期に療育を開始し、より多くの時間の療育をうけていたという傾向も見られています。しかし、フェインの研究においても、自閉症ではなくなった子どものおよそ4分の1は、全く行動療法を受けていないのです。その一人のマット・トランブレーくんは2歳で自閉症と診断され、7、8歳まで言語療法・作業療法・理学療法を受けましたが、行動療法は受けることがありませんでした。彼の母親が回想して語ることには、小児科医が一度も提案することがなく、ニューヨーク州北部の小学校で行動療法が提供されていなかったからだということでした。

マットくんの症状で初めに改善していったのは言葉でした。しかし、多くの紛れもない自閉症の症状は続いていました。正確さや秩序への強迫的なこだわりがあり、彼は5人家族全員の予定や約束を常に暗記し、誰が、どこに、いついなければいないかをそらんじていたのです。母親のローリーさんはこう語ります。「誰がいつ家を出ないといけないかまでキッチリ計算してたんです。『全員あと3分で出発します』って。」

言葉の後には認知面と行動面の成長がつづきましたが、社会的スキルを身につけるのは、多くの自閉症の子どもにとってそうであるのと同じように、長く、困難な道のりでした。中学に入ってもなお、マットくんは考えていることを何でも口走ってしまいがちで、会話の構造を理解するのには長い時間がかかりました。マットくんはこう語ります。「小さかった頃は言葉を発することが難しかったのを覚えてる。イライラしたよ。脳の言う通りに口を動かすのが難しいんだ。あと、6年生になるまで、どうやって人の中に混じったらいいのか、どうやって繋がったらいいのか、全くわからなかったことも覚えてる。学校のホールにいる時や教室へ歩く時、家に帰る時、ずっとうつむいてた。ほかの子と関わることができなかったのか、それとも関わりたくなかったのかも。たぶんどっちもちょっとずつだと思う。」

それからしばらくして、マットくんは場の状況がわかるようになって行きました。「話題から離れちゃいけないんだ、ってようやくわかったのは中1か中2ぐらいの時だったと思う。それに気づいてそうするようにしてから、友だちが増えはじめたんだ。どうしてその時になってパチンとつながったのかはよくわからないよ。」そしてマットくんが中学2年を終える頃、主治医は彼はもう自閉症ではないと伝えたのでした。

今では、マットくんは愛想のいい、おしゃべり好きな、面白おかしい、有望な高校3年生です。楽団でトランペットを吹き、テニスの学校代表の一員で、パン屋で週に15時間から20時間レジ・ウェイター・在庫管理のバイトをして、学業成績も保っているのです。家族や友だちとぶらつくのも楽しんでいます。思春期に入るまでは狂ったようにキッチリ整えていた彼の部屋は今やぐっちゃぐちゃになりました。普通の十代の子どもになった証かもしれないわね、と眉をひそめながらも彼の母親は冗談めかして受け入れているようです。

自閉症の子どもだった時のことをマットくんはいくつか思い出すことができます。どういう風に手をヒラヒラさせていたのか、体を揺すっていたのか。人形の乗ったバスのおもちゃへのこだわりや、何時間も台所をぐるぐる走り回らせる時の深い集中のこと、人形を床にばらまいてはそれを拾い集めていた時のことを。自閉症だった日々のかすかな残響もあります。例えば、今でもきつい洋服や硬い洋服は我慢できないので、ジーンズの代わりにスエットパンツやゆるいカーキパンツを履くこと。また、冗談好きを自認する彼ですが、ほかの人がふざけている時にそのことがわかりにくいことが時々あると言います。小児科の看護師をしている母親は「ほかの人よりも文字通りに解釈することはまだ多いかも」と語ります。「ほかの子が勝手に覚えていくような、人の感情や表情、くせ(しぐさ)なんかの読み取り方を、意識して覚えなくちゃいけなかったからかもしれないわね」

マットくんがテレビで白熱した試合を見ているところをローリーさんが通りがかった時、手をヒラヒラさせていることが時々あります。「ただの自閉症の名残の一つで、きっと簡単にコントロールできるのね」と母親が話していたことをマットくんに話して、そういう時はどんな感じなのかを聞いたところ、彼は仰天したのです。「そういうのは13歳か14歳でやめたはずだよ!」マットくんは、それは母親の見間違い・誤解だと言い張りました。「ほら、スポーツに熱中して見入ってたら、『よしっ!』てするようなやつだよ。誰だって応援してるチームが点を入れたらそうするようなやつだって。」と。


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